歯科・口腔外科領域で見られる先天異常の一つに口唇口蓋裂という疾患があります。どのような疾患かというと、唇や上あごの骨が赤ちゃんがおなかの中で体を作るときに閉じ切らず、裂けた状態で生まれてくる疾患です。
歯科に関係のない日常を送られている方にとっては聞きなれない疾患かもしれませんが、歯科・口腔外科領域ではメジャーな疾患なので、手術法や治療法が確立されています。
今回は、この口唇口蓋裂の疫学、治療・手術の流れ、そして、いくつか行われる手術のうちの一つである口唇形成術の術式についてお伝えしていきます。
口唇口蓋裂の発生統計
口唇口蓋裂は、その裂けている場所で名前が異なっており、上唇が裂けている唇裂、上顎の骨が裂けている口蓋裂、上唇と上顎の両方が裂けている唇顎口蓋裂などがあります。
また、この疾患は、鼻と口の間にある人中の両横の部分と顔の部分が癒合しなかったことによって起こるので、時として両側とも裂けている場合があります。
口唇口蓋裂は人種差のある疾患ではありますが、日本人の場合の発生率は唇裂は0.08%、唇顎口蓋裂は0.08%、口蓋裂は0.03%で、トータルで、0.16%から0.25%と言われています。
この数字は、およそ600人に一人を表しています。
性別による差ですが、唇裂は男女間の比率に差はなく、唇顎口蓋裂の男女比は2:1ほどで男子が多く、口蓋裂の男女比は1:2で女子が多いと言われています。
片側のみ発生するかもしくは両側が発生するかに関しては、片側:両側は唇裂はおよそ6:1、口唇口蓋裂は3:1と言われています。
左右差は、唇裂、唇顎口蓋裂両方とも左側が多く、2~3:1となっています。
参考文献:
赤坂庸子:唇,顎,口蓋裂の正因に関する統計学的ならびに細胞遺伝学的研究.人類 遺伝学雑誌 15(1):35-96 1970. (Ⅳ)
小林八州男:兎唇口蓋裂の遺伝学的研究.人遺誌 3: 73-107 1958. (Ⅳ)
讃井善治:口唇裂,口蓋裂の臨床統計的ならびに遺伝学的研究,人遺誌 7: 194-233 1962. (Ⅳ)
口唇口蓋裂の治療・手術の流れ
口唇口蓋裂はその疾患の特徴から、うまくミルクが飲めないなどの生命の維持にかかわる障害があることから出生直後から適切な処置が必要になります。また、成長に合わせて手術や機能訓練が必要になるのでおおよそ成人するまで何らかの治療が必要となります。
Ⅰ期 出生直後:ホッツ床の作製・装着
赤ちゃんはミルクを飲むとき①乳首を舌で挟んで上あごに押し当てる、②そして吸引する ことによってミルクを吸い出して飲むという動作をします。しかし上あごが裂けてしまっている場合押し当てれなかったり、空気やミルクが上あごから鼻のほうに漏れてしまい、うまくミルクが吸えません。それを防止するために、上あごの穴の開いているところに樹脂でできた入れ歯の床でできているようなプレート(ホッツ床)を作り、装着します。
Hotz, M. Gnoinski, W.: Comprehensive care of cleft lip and palate children at Zurich University : A preliminary report. Am J Ortho70(5):481-504 1976. (Ⅴ)
また、同時期に赤ちゃんにどのようにミルクを飲ませればいいのかの哺乳指導、親御さんへのオリエンテーションなども行われます。
そして1~2か月ごろには他の合併症がないかや発達などのチェックを行います。
Ⅱ期 生後3か月から5か月 口唇形成術
手術は出生直後には行われません。また、いっぺんにすべてを手術するのではなく部位ごとに適切な時期に何回かに分けて行われます。
一番初めに行われるのが口唇形成術と言われる唇の裂けたところを治す手術です(次ページで詳しく記載します)
体重が6㎏ほどになる生後3か月から5か月に行われます。色々な術式がありますが、両側か片側か、どのくらいその部分に皮膚や組織があるかで決められます。
Ⅱ期 1歳2か月から2歳 口蓋形成術
1歳2か月から2歳になると口蓋裂をふさぐ手術を行います。口蓋裂をふさぐことにより、食物が鼻のほうに入ってこないようにすることはもとより、鼻咽腔閉鎖機能を獲得させ、正常な言語を獲得させることも目的に行います。また、耳管機能の賦活化、上顎骨の発達抑制防止、咬合異常を少なくすることも目的です。
プッシュバック法、ファーロー法、上石法などが術式として挙げられます。
Ⅲ期 2歳から6歳
口蓋形成の手術がおわったら、ここからは機能改善のための訓練が行われます。今までふさがれていなかった上顎ですが、ここにも発音をするのに大事な筋肉がたくさんあります。それも手術でつなぎなおしているので、ここからはこの筋肉を使えるようにするためにも訓練が必要になってきます。
この手術で繋ぎ直した筋肉は鼻咽腔閉鎖関連筋と言われるのですが、この筋肉を鍛える訓練を行います。また、発音がうまくできるようになるための言語訓練も行います。
また、手術でもまだ鼻咽腔の閉鎖不全が残っている場合は、軟口蓋挙上板、スピーチエイドという閉鎖していない部分にはめて機能を補う装置を使用したり、咽頭弁形成術などの手術で補っていきます。
また、成長に合わせて口唇修正術や外鼻形成術も行います。
また、口蓋裂によって歯列が不正になっているので、歯列矯正も行っていきます。口蓋裂があると、どうしても上顎が発達しにくくなるので、上顎を広げていくタイプの矯正を行います。
Ⅳ期 7歳から成年期
7歳から青年期にかけても引き続き訓練や鼻咽腔閉鎖不全に対する処置、矯正は行っていきます。
上顎の割れが口蓋にとどまらず顎の骨まで及んでいる場合は、顎裂部の腸骨を移植し、補います。それはおよそ11歳ごろに行われます。
成長の度合いを見ながら審美的な修正、歯の補綴なども行っていきます。
口唇口蓋裂の治療の経過
このように口唇口蓋裂は治療が長期間に及びますが治療法が確立しています。あくまで主観ですが審美的にもかなり良好な経過が得られているのではないでしょうか。大学病院での治療経過をご紹介しているページがありましたのでご参考にリンクしておきます。
大阪大学口腔外科学第一教室
口唇形成術の術式
口唇口蓋裂で一番初めに行う手術として、口唇形成術があります。これはどのくらい皮膚や組織があるのか、唇裂が片側性か両側性かによって術式がたくさんあり、それぞれ適切に選択されるので選べる種類のものではないのですが、名前を聞いた時にどのようなものか理解するのにご参考になれば幸いです。
口唇形成術の目的
口唇裂は皮膚だけでなくその下にある口輪筋などの唇を機能的に動かすのに必要な筋肉も途切れてしまっているので、口唇形成術では見た目だけではなく、そのような切れてしまった筋肉もつなげ、機能的にも回復することを目的として行われます。
具体的に言えば
- 円滑な赤唇縁、cupid bowの形成
- 適正な上口唇の高さ
- 一様な上口唇の厚み
- 適度な口輪筋の緊張
- 十分に長い鼻小柱
- 外鼻孔が左右対称
となることを目指して行われます。切開線など、3次元的な仕上がりも考えて居れないといけないので熟練を要する手術です。
口唇形成術の術式の実際
口唇口蓋裂は古くから行われており術式も様々なものがあります。また、片側性や両側性でも術式が変わり、その患者さんに合ったものが行われます。
片側性
直線状切開法
口唇を直線的に縫う方法ですが、瘢痕収縮が起きるため現在は使用されていません
Mirauld法
4角弁法
4角弁を作ることにより距離を延ばす方法です。キューピット弓は出来るのですが人中を横切る瘢痕が出来てしまい2次修正が困難です。
Hagedorn法
LeMesurier法
3角弁法
4角弁の欠点が改善されているのがこの三角弁法です。現在はこの方法が基本になっています。
Skoog法
Tennison法
Cronin法
rotation advancement法
鼻の下から切開を入れるため鼻孔を形成することが出来る方法です。Millard法やMillard+小三角弁法、鬼塚法などがあります。
Millard法
Millard+小三角弁法
形の良い外鼻を形成できるために一時手術の主流となった時期もありましたが、
「口唇裂・口蓋裂診療ガイドライン」では
Millard 法は形のよい外鼻を形成しやすく,縫合線が患側の 人中稜に一致するので,キューピッド弓や人中窩が保存され,自然に近い口唇を形成 できる.したがって,本法は,片側不完全口唇裂の一次手術として有用である.ただ し,不完全口唇裂には種々の披裂形態があり,それをひと括りにしないほうがよい
と、個々によって筋の走行等バリエーションが多いのですべてに当てはめるべきではないという見解をしています。
また
なお本法は,手術中にケースごとの対応が求められる visible method といわれており,芸術的 感性と巧みな技量が必要とされるので,とくに経験を要する.
とも記載されており、出来る人も限られているようです。
両側性
両側性の場合皮膚や組織が少ないので1回で行う場合と2回に分けて行う方法があります。1回法は少ない組織で行うのでとても難しくなります。
口唇形成術は一時手術では終了せず、成長してからも時機を見ながら形態の修正術が行われることが多いです。このように何回か繰り返しながら口唇の形を作っていきます。
いかがでしたか 少しでも皆様のお役に立てれば幸いです。
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